The Middle East is not part of the world that plays by Las Vegas rules; What happens in the Middle East is not going to stay in the Middle East.

David R. Petraeus, General, US Army

序文

中東。そこはユーラシア、ヨーロッパそしてアフリカ大陸を結び、陸、海、空が東西南北を繋ぐ交差点。世界有数の資源を有するこの地域は、過去数千年の間に数々の文明が発展し、現在もその密集都市の直ぐ傍に名残を見ることができる。異なる地の異なる人々がイスラームを共有するその地は、ユダヤ教とキリスト教の発祥地でもある。古代から現代に至るまで、交易や信仰の地としてだけではなく、領土、資源、戦略的地位を巡る競争の舞台でもあった。そして欧州諸帝国が去った今、中東では再編成された地域超大国が覇権をめぐり競い合い、更にアメリカ、ロシア、中国という超大国の競争が、この地に暗い影を投げかけている。

中東は、私にとって常に身近な存在であり続けてきた。本書は、過去数10年間の同地域における地域内外の主要なアクターの関心及び動機を分析し、この先10年の展望を客観的且つ明確に予見しようと試みている。

21世紀に入り発生した様々な出来事により、中東、特にアラブ地域は、弱体化と崩壊の末期状態にあるように見える。確かに20世紀、中東は、欧州諸国が栄枯盛衰を繰り返し、同地の地政学を根本的に揺さぶったことで、その地図は20世紀初頭とは全く違うものになってしまった。しかし、今世紀に入り中東各地で頻発している政情不安、国際的な対立、宗教的過激主義の活発化、シリアでの化学兵器使用、その他大量破壊兵器の配備可能性等は、この地域そして世界に更に致命的な結果をもたらし得るものだ。

その観点から、現在中東が立たされている局面を過去・現在・未来の観点から分析することは非常に重要であり、本書が同地域に関心をもつ人々が有する懸念事項に光を当てることが出来ればと思う。

本書は、私の博士論文「超大国の国家安全保障戦略及びアラブ地域安全保障への影響」( ‘National Security Strategies of Superpower Countries and Their Expected Impacts on the Regional Security of the Arab Region’)を基にし、以下の項目で提示したいくつかの疑問を念頭に置いて著したものである(※表1)。また、東京大学先端科学技術研究センター(RCAST)の池内恵教授が主催したセミナーや議論の場も有益な情報を得る機会となった。池内恵教授とRCASTのチーム、私が所長を務めるグローバル安全保障・国防問題研究所(IGSDA)の同僚からの助言と支えに感謝したい。

更にここ数年、中東地域だけではなく、北大西洋条約機構(NATO)、欧州連合(EU)、アメリカ中央司令部、ベルギー陸軍士官学校、北京、上海、ソウル、台湾、ホンジュラスの戦略研究所で講演し、多くの政府・軍当局者と地域の防衛及び安全保障に関わる問題について意見を交換する機会を得た。これらの機会は、本書で取り上げる諸課題に対する私の理解を深める上で、非常に貴重なものとなった。最後に、私が博士論文を準備している間、励まし、応援してくれたエジプトのポートサイード大学商学部政治学科の皆さんにも感謝の意を表したい。

サイード・ゴネイム(PhD)

表1

1.この先10年間、新たな世界秩序を形成しようとする超大国はどこか。米国が形成した既存の秩序を前に、彼らの戦略はどのように競合するのか。これらの国の指導者が採用する外交政策はどのようなものか。

2.これらの超大国の戦略目標は何か。それは中東で如何に交差するのか。

3.これらの国は、お互いを敵と見なしているのか、競争相手と見なしているのか。彼らは両国間の問題をどのように発展させていくつもりか(協力、競争、戦争など)。

4.米国は中東から撤退しているのか、それとも関与を強めているのか、如何に自国の利益を維持するのか。

5.プーチンの考えとは。中東におけるロシアのプレゼンスとその理由。シリア進出後の次ステップはどこか。

6.最強の国アメリカが達成できなかった目標を、如何にプーチンはより少ないキャパシティで達成するつもりなのか。

7.プーチンは、目標を達成するために、中東地域内の競争関係をどう管理するのか?

8.誰が対立の勝者となるのか?それは仕組まれたカオスの結果として、もしくは包括的な戦略の結果としてなのか。

9.競争において中国は優位性を高めるのか。どうやって世界的主導権を握ろうとしているのか。中国は、どのようにして最大の競争相手を同盟諸国から孤立させるのか?

10.中東における3つのグローバル・イニシアチブの違いは何か。

  • 大中東圏構想 ② 一帯一路 ③ 自由で開かれたインド太平洋

11.中東における真の「地域大国」はどこか、その戦略目標とは?

12.トルコやイランが大胆にふるまう理由とは。両者の関係・競争の本質は何か。トルコ・イラン関係におけるイスラエルの立場とは。

13. 中東地域内の危機の現状(パレスチナ問題、シリア、イエメン、リビア危機、イラク、レバノン、スーダン、イラン問題)

14.カタール危機後の湾岸諸国の立場とは。どのような問題が双方の間にあるのか。誰が和解に反対しているのか。カタールは何を望んでいるのか、自分の立場に固執する理由は何なのか。

15.エジプトはどのような役割を果たしているのか、何がエジプトの地域的役割を損なっているのか。

16.中東、特に活動的なアラブ諸国が直面している課題とは?アラブ連盟や湾岸協力会議が直面する課題は何か?

はじめに

20世紀は、多極化した世界、つまり帝国が拮抗する時代として始まった。しかし、第二次世界大戦が終わると、アメリカとソビエト連邦という二極の世界が出現した。その後、冷戦の終結とソ連邦の崩壊により、世界はアメリカという単一勢力下で一極化した。ロシアが再び戦略的競合相手として台頭してきたアラブの春までの20年間(1991年~2011年)、アメリカは世界的な指導力を発揮し、世界秩序を形成し、国際情勢に影響を与え、また意志を押し付ける権限を持つ唯一の真の超大国として存在していた。

1991年、クウェートを「解放」した湾岸戦争の終わりと共に、第41代アメリカ大統領ジョージ・H・W・ブッシュは「新世界秩序」を宣言した。そして、その実現を目指すアメリカは、一方的に、時に北大西洋条約機構(NATO)のリーダーシップの下に、あるいは国連の傘下に入り、一連の軍事介入を行った。平和維持活動も含むこれらの活動は、旧ユーゴスラビア、ソマリア、アフガニスタン、イラクなど様々な地域で展開され、アメリカは70%以上の費用を負担してきた。

各地に軍を展開する中でアメリカは、自国の戦略的利益がテロリストによって損なわれる可能性を予見していた。テロ活動に関与する組織の多くが中東・中央アジア地域に拠点を持つことから「拡大中東構想」を打ち出し、対応を試みた。地理的には東はパキスタン、アフガニスタン、西はモロッコ、モーリタニア、北はトルコ、南はスーダンまで、アラブ地域とその周辺地域にまで及ぶ。その目的は、同地域内政府の民主化を進め、地域の経済的繁栄を達成することを、地域を安定させることだったが、目的に一貫性がなく、また21カ国が加盟するアラブ連盟を疎外し、地域諸国の内政に介入したことで、試みは失敗に終わった。

そしてこの数十年、中東の多くの国々は内政上大きな課題に直面し、超大国の利益にも影響を与えている。いくつかのアラブ諸国では、政権の弱体化と混乱に伴って国民の中で怒りと不満が高まり、2010年末から「アラブの春」と呼ばれる蜂起が起きたが、その殆どは目的を達成できなかった。解き放たれたものに国民も国家も対処することが出来ず、その隙間を縫って力を手にした政治的イスラーム主義の台頭は、地域に悲惨な結果をもたらした。シリア、イエメン、リビア、イラク等では、民族、部族、宗派間の対立が激化し「破綻国家」と呼ばれるまでに状況が悪化し、アラブ地域とその周辺は、再度、テロリズムの波に呑まれることになった。そんな状況下で、超大国は自国の影響力の維持と利益保護のために戦略を駆使し、これが地域において国際的・地域的な競争を煽ることに繋がり、同地域が直面する課題や脅威を増大させ、アラブ地域の地域安全保障に大きな影響を与えることになった。

アラブを含む中東諸国と超大国との関係は、複雑なものだ。グローバルシステムと中東との関係を牽引するアメリカは、ヨーロッパやアジアの主要な同盟国とは公然と協力する一方で、ロシアを西側(アメリカ、EU、NATO)の敵とみなし、中国を経済的、政治的、軍事的な競争相手と考え、慎重に対処している。これらのことは、アメリカやロシアの歴代の国家安全保障戦略や、中国の政治論文や軍事戦略にも繰り返し示されている。

本書では3つの時間軸を設定した。

第1時間軸(第1~3章)では「アラブの春」から2017年12月にドナルド・J・トランプ前大統領が米国国家安全保障戦略を発表するまで期間(2011年-2017年)の期間を取り上げた。ここでは、地域における国際競争の最も重要な極、米国、ロシア、中国の国家安全保障・国防戦略等を検証する。更に地域超大国であるイスラエル・トルコ・イランの国家安全保障・国防戦略、相互的な国際・地域的ライバル関係についても検証する。またサウジアラビア、アラブ首長国連邦、カタール、エジプト等地域で活動的なアクターの動きを視野に入れ、新たな安全保障力学の中で、超大国と地域超大国の戦略と政策がもたらす課題を明らかにする。

第2時間軸(第4章/第10節)では、2018年から2020年の期間を対象とした。ここでは、中東の安全保障力学に影響を与えた最も重要な国際的・地域的な動きを考察する。この期間は次の時間軸への過渡的な段階となる。

第3時間軸(第4章/第11、12節)では、2020年3月にジョゼフ・R・バイデン・ジュニア米国大統領が、発表した最初の外交・軍事戦略ペーパー「Interim National Security Strategic Guidance 2021」を起点に、今後10年間を見据える。ここでは国際的・地域的な戦略的眺望の変化を予測し、中東地域の安全保障に与え得る影響を明らかにすることで、未来への展望を描く。

目次

図表一覧

序文

はじめに

第1章 3超大国の戦術: 超大国の国家安全保障戦略

第1節 アメリカ合衆国

第2節 ロシア連邦

第3節 中華人民共和国

2章 武装近隣諸国の戦術: 地域安全保障政策

第4節 イスラエル

第5節 トルコ共和国 

第6節 イラン・イスラム共和国

3章 交差:共闘と対立

第7節 超大国間の戦略的競争

第8節 新安全保障力学:地域超大国・アラブ勢力間の競争

第9節 中東地域安全保障に対抗する挑戦

4  プレイヤーとその舞台:中東はどこへ向かうのか 

 第10節 中東政治・安全保障の変遷 2018-2020

 第11節 世界秩序の将来と中東における国際・地域大国の政策転換への見通し2021~2030年

 第12節 中東における地域安全保障の結果予想

結論

参考文献

著者

サイード・ゴネイム博士

グローバル安全保障・国防研究所所長、元エジプト軍少将。

北大西洋条約機構(NATO)、欧州連合(EU)、米軍中央司令部、ヨーロッパ、東アジア、南北アメリカの大学やアカデミーで国際安全保障の客員講師を務めている。ポートサイド大学商学部政治科学博士号、エジプト・パキスタン軍参謀大学軍事科学修士号、英クランフィールド大学科学部政治科学のディプロマ、アイン・シャムス大学商学部経営学学士号、陸軍士官学校軍事科学学士号取得。エジプト陸軍将校として、ネパール、モロッコ、ルワンダの国連ミッションの参謀長を務めた他、米軍中央司令部エジプト代表として勤務。現在はUAEを拠点にした中東及び国際問題に関する多国籍シンクタンク、グローバル安全保障国防研究所の所長兼設立者として講演・寄稿等を行っている。(https://igsda.org/?page_id=12

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